演劇芸術家(卵)の修行日記

芸術としての人間模様とコミュニケーションについて。

僕らが旅に出る理由

「僕らが旅に出る理由は〜だいたい100個くらいあって〜♪」

なんて歌があるが、僕がかつて旅に出た理由は1つしかない。

 

それは「世界の最悪の最悪の最悪を見たい。その原因の原因の原因をつきとめたい」ということだった。

 

小学生の頃からなんとなく気になっていたそういう主題だったけど、

最後の一押しは、ある日渋谷の本屋でたまたま手にとった本だった。

友達と立ち上げたベンチャー企業で1日25時間働いていた2006年の春。

 

「終わらぬ民族浄化セルビア・モンテネグロ」という白と灰色が表紙の文庫本。

セルビア・モンテネグロは解体された旧ユーゴスラビアの一国で、現在はセルビアもモンテネグロも別の国家になっている。

それは例えば、日本が関西と関東で別の国家に分けられて、さらにそのあと関西から九州と四国が独立する、みたいな話である。民族浄化とは、ジェノサイドのこと、ヒトラーがユダヤ人にやったあれである。

なぜその時その本が目に止まったのかは分からないが、

トイレに行くのも廊下を走るほど忙しかったその頃の僕は、目下の仕事も忘れその本をその場で最後まで立ち読みし、買って家に帰ってもう一度読み、その3ヶ月後には会社をつぶして中国行きの船に乗っていた。

 

何が僕の心を動かしたか?

何が僕の体を動かしたか?

 

それは、自分は実は何も知らない、という事実だった。自分が生きているこの世界について、何も知らない。だって、一緒に食卓を囲んでワインを飲みながら食事をしていた隣人同士が殺し合ったり、レイプして強制出産させたり、8000人の集落の全員を一人残らず殺したり、そういうことが今起きている、起こっている理由が、理解できない。

 

仕事を終わって家に帰ったら、女房と娘二人が家にいない、そして二度と帰ってこない、その理由が理解できない、からだ。その男の心情が全く想像もできない。その頃の僕は毎日ハッピーで、仕事が楽しくて、ものすごい給料をもらって、夢を共有する仲間がいて、彼女がいて、高円寺に住んでいてそこに一生住んでもいいなと思っていて、毎朝タクシーで会社に向かっていて、毎日25時にベッドでポテチとシュークリームを食べながら寝落ちしていて、にも関わらず、その二人が同じ世界で息をしていることに合点がいかなかった。だって、もしも僕が関西弁を喋るという理由で東京の友達に命を狙われたとしたら、それはもう不条理劇にもならない。

 

街を見渡すと、そんなことに合点がいかずにモヤモヤしている人は一人もいなくて、その事実にこれまたモヤモヤした。

 

モヤモヤしたままなんとなく生きるわけにはいかず、反対を押し切って会社をやめ、友人知人から旅の資金を集め、彼女と別れ、神戸港から上海行きの船に乗った。48時間かけて中国大陸に足を踏み入れて、そのあと陸路で8ヶ月かけてセルビアに辿り着いた。その8ヶ月の間に旧ユーゴスラビアの国は2つ増えていた。京都と大阪さえ違う国家になってた、みたいな。

 

そこで僕が見たもの。

 

首都の中心地のビル、マンション、建物のすべてが蜂の巣という現代アートみたいな光景。

すべての建築物の壁が、銃痕で水玉模様になっていた。

25階立てのビルの1階から25階までがそうだった。

その通りはスナイパー通りと呼ばれていた。

内戦中、日中そこを歩くと、子供であろうが撃たれたことからその名がついたらしい。

 

そこで僕が出会った人。

 

彼は痩せたスキンヘッドのゲイで、僕と僕がそこで出会ったアメリカ人の音楽家総勢4人をライブハウスにつれて行ってくれて、飛び入りライブをさせてくれて、メシをおごってくれて、自宅に泊めてくれた。彼はムスリムで、ムスリムだから、お父さんを隣の家のお父さんに殺された、15年前僕が10歳のとき、と言っていた。

 

そこで僕が聴いた音楽。

 

メインストリートで、バイオリンを弾く10歳ほどの少年と、その兄らしい15歳ほどの青年の天才的なジプシー音楽の演奏。そばでそれを聴いていた5歳くらいの少女が、30センチくらいの小さなバイオリンをケースから取り出して、これまた天才的な演奏を始めたときの胸の高鳴り。

 

そこで僕が見た時代。

 

人里から25キロ離れた山奥、セルビア人とボスニア人とクロアチア人とスロヴェニア人(内戦で戦った旧ユーゴ諸国)の青年達が焚き火を囲んでチャイを沸かして飲みながら話し合っていたこと。「オマエの親父はオレのお袋と妹を殺したけど、それはオレ達の親父の世代がアホだったから、だから、オレとオマエは憎み合う必要はない。」彼らはギターやクラリネットやアコーディオンやバイオリンを取り出して、一緒に演奏をしていた。僕はオカンが送ってくれたタケヤのインスタント味噌汁を彼らにふるまった。

「おいKOJI、あの山越えると地雷だらけだから気をつけろよ」と彼らは教えてくれた。

 

 

そこで見聞きしたものの全ては今の僕に強烈に響いている。

 

 

うちの劇団の演出家アニシモフさんは言う。

「この12月に上演する新作舞台の出来いかんによって、シリアの内戦は終わるかもしれません。終わらないかもしれませんが、少なくとも私はそのためにこの舞台を創ります。他にも目的はありますが、これが一つ。」

 

ブレヒトの新作の中でシンプルに痛烈に書かれていること。

権力なんて、誰が握ったところで世の中は変わらない。戦争なんて、始まった時点で始めたやつらは勝っているし(巨万の富を手にするし)、巻き込まれた民衆は負けている(あらゆる犠牲をこうむる)。

 

 

僕が旅に出た理由は明確だったけど、僕が1000日の旅を経て持ち帰ったものは別のものだった。僕が探したのは世界の最悪、その原因、過去の因果だったけど、僕が持ち帰ったものは世界の最高、その帰結、未来への希望、だった。と思う。

 

 

だから、、、

僕がやるべきことというのは、借金を返すことじゃないかと思う。自分が犯してきた過ちにケリをつけること。原発が爆発してもピンとこない親の世代が積み上げたズレをせめて戻すこと。今みんなが信じてるけど実は本当じゃないことを、自分の子供に伝えないこと。尖閣諸島は日本のものでもないし中国のものでもないしどっちでもいいってこと。国債1000兆円よりも、そっち。

 

すべての真実とか真理とか、そこまで到達できなくていいから、解脱も涅槃もいいから、せめて、どう考えても嘘なこと、本当じゃないこと、もはや誰の目にも間違ってること、そういうものを清算するくらい、僕の世代でできるんじゃないだろうか。

 

 

じゃあ。 

 

 

じゃあ僕は具体的に何をやればいいのか?

 

(やらなきゃならないことをやるだけさ)

 

やらなきゃならないことは何なのか?

 

(やらなきゃならないことをやるだけさ)

 

1ヶ月をきった舞台本番までに何を?

 

(やらなきゃならないことをやるだけさ)

 

役作り?バイオリン?執筆?

 

(やらなきゃならないことをやるだけさ)

 

脇役だし、バイオリン下手だし、戯曲なんて書いたことないし・・・

 

(やらなきゃならないことをやるだけさ)

 

うまくできるかどうか分からないけど、、まあ、、

 

(やらなきゃならないことをやるだけさ)

 

真剣に、誠実に、一生懸命やるしかないな。

 

(だからうまくいくんだよ)

 

 

 

 

 

 

ジャンプしよう。

高く高く。

ブレヒトの思惑を越えるほど。

そしたらブレヒトも、笑ってくれるだろう。