演劇芸術家(卵)の修行日記

芸術としての人間模様とコミュニケーションについて。

人間として生きること

アニシモフさんは俳優達に対して、舞台上では徹底的に人間であることを断固要求した。それはもう、首をしめあげるような恐ろしさと、張り裂けるような怒りと、実の子どもに対するような愛情でもって。

それを思うと、舞台の外でどれだけ人間として生きられていないかを知る。どれだけ自分を隠しているか、偽っているか、ごまかしているか。アニシモフさんはそのことを身を切るような思いで悲しんでいる。彼が街を歩くとき、電車に乗る時、どんな分量の心の痛みがあるのか想像することさえできない。

「こーじはその尊厳の高さゆえに苦しんでいるところをたまに見る」と言われたことがあった。いつどこでどんな風にしてそれを見てくれていたのか。驚く。

僕がアニシモフさんに初めて出会ったとき驚愕したのは、人間に対するその洞察力だった。目の前の人間の心の、精神の、魂の中で起きていることに対しての驚くべき洞察、その正確さと鋭さ。この人は超能力者なのか?と思ったほどの正確さだった。漫画の吹き出し(心の中のやつ)が全部この人には見えるのか?と思った。

かと言って、アニシモフさんは自己の存在を消す事はしないのだ。圧倒的存在感と、尋常じゃない量の感情と意志でもって、ものすごい能動性で働きかけてくるのだ。それは人間という生き物の極みだと思った。人間が人間に対するときの、一線を超えた誠実さと愛情。才能を極めた人であるより、人間を極めた人なのだと思った。

そして僕が心底揺さぶられたのが、その信念である。一点の曇りもない信念。それはもう、古代遺跡の柱のように、何千年もそこにそびえたっているかのような信念。信じていないという選択肢が完全に消え去った後の、信じるという純粋エネルギー。いや、信念というか、真実。彼の価値観ではない、彼が信じている固有のものではない。宇宙の始まりからずっとある、変わることない普遍的な真理とか真実。そういうものがドパーっと溢れ出しているような感じだった。しかし夜の湖のような静けさで。

人生において、何かの道を志す者が、その師に出会うという事件は、やはり一回こっきりなのではないか。まるで自分の心臓をえぐり出してテーブルに置くような、替えのきかない一つだけの存在ではないか。そしてそれは永遠のものであると思う。出会う前から、ずっと前からそこにあり、どちらかが死んでもずっとそこに存在し続けるもの。形而上学的な、何らかの形や関係や、意味や目的さえも超えた何かであると思う。一人の人間の魂が小宇宙であるとすれば、その衝突によって生まれる中宇宙というか。

兎に角だ、僕はそのとき人間として生きる事を突きつけられたのだと思う。自分なりにずっと人間らしく生きてきたつもりだけど、それを形式を持った芸術を通して、人類や全世界のために捧げることを、示唆されたのだと思う。それは中々困難な道で、純粋に生きようとすればするほど矛盾や葛藤が湯水のように溢れてくるけれど、その不完全さこそが人間だ。人間が人間であることの意味は、完全性の中にあるのではなく、不完全さを克服しようともがく中にある。これは高野悦子さんの言葉だ。こりゃあ本当だな、と思う。

そのことを思うとき、自分とはなんてちっぽけで卑小で矮小で、臆病で嘘つきで傷つきやすい疑心暗鬼の人間かと思う。人間を信じることにおいて、絶望しながら口笛吹いてるようなものだ。社会になじむフリはできるが、実際のところ完全に浮いている。調和を望むがどうにも不協和音。モテたいが、実際はセンスのない田舎者。両親の短所を掛け合わせるとその本質が浮き上がる。長所をかけあわせるとエキセントリックな音がする。しかしそこに、高杉晋作の創った奇兵隊のような珍奇なおもしろさがある。唯一無二の色がある。これこそが人間存在のオモシロサだ。駄目であればあるほど美点があぶり出てくる。そこで開き直るとき、空を飛ぶような自由さがある。土が鳴るような軽快さがある。

そのへんそこらへんを集約すると、つまり、生きろ、逃げるな、今居る場所にとどまれ、進め、走れ、歌え、踊れ、そして死ね、ということになる。ここまでやってくると、死の向こう岸がなんとも楽しみになってくる。そこからだ、という気さえする。そして一周回って、生きることに躍動感が出てくる。そうなるともう勝ったも同然だ。何をやってもやらなくてもいいのだ。速くても遅くても、強くても弱くてもいい。全部MUSICだ。自分という楽器そのものがもう素晴らしいから、もう任せておけばいいのだ。勝手にしやがれ、と。

それらしく聞こえる誰の標語にも乗らない。自分のキーとリズムで。言葉ではないところから浮き上がってる言葉で。そして全ての人間を絶賛するのだ!なんと素晴らしい出来栄えだ!と。ベリーベストだ今現在、そこもここもかしこも。目を凝らせば見えるはずだ。耳を澄ませば空から人間讃歌が聴こえるはずだ。

よし!飽きた!風呂入って寝よっと。