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演劇芸術家(卵)の修行日記

芸術としての人間模様とコミュニケーションについて。

数ある芸術のなかで、なぜ演劇芸術を選んだのか?

って、考えて選んだわけじゃなく、出会ったってだけなのだけど、今日ふと思った。その答えは、

「ものすごくお金がかかる芸術だから」

じゃないだろうか、と。一つの側面としてね。

ミュージシャンが羨ましいな、と思う事がある。彼らは楽器一つ背負って、ストリートへ出て、演奏を始める事ができる。お金のためではなくとも、ギターケースを開いておけば、2時間後にはメシを食うくらいのお金は入っているだろう、通行人からの「サンキュー」という言葉として。

絵描きは、紙と鉛筆があれば、それをやれる。

小説家もそうだ。

舞踏家は?身体一つ、いつだってどこだって。

 

そして翻って演劇芸術。これはほんとに難儀だと思う。まず、根本的に、一人でできない。一人舞台ってのもあるが、これは演劇芸術ではない。演劇芸術は「他人とのエネルギーの交流」を前提にしているからだ。

そして、公演を打つとなると、劇場が必要になる。これは、まとまったお金を要することだ。そして照明、音楽、衣装、、、。とにかくお金がかかる。

そして稽古。集団にもよるが、うちの劇団はなんと十月十日の時間をかけて作品を創る。から、20人で1年近くエネルギーを費やしていく、というのは途方もない作業だ。

と、総じて、とにかくお金がかかる。そして多くの役者が、職業病として貧乏人となる。まるでカルマのようにそれを背負って日々の生活を送り、人生を創っていく。そして、、、多くの役者が途中でその人生を降板することになる。

そういった問題を抱える以上、組織の問題になってくる。集団芸術である以上、組織化が必要で、その理念やリーダーシップが必要になる。バラバラでは良い物は創れないし、人がいなくなれば、創造自体が不可能となる。

と、いうことで、現代日本において、本当の意味で「演劇芸術」をやるというのは、至難の業であり、いばらの道なのである。うちの演出家アニシモフさんが居た、旧ソ連では国家からお金が出ていたから前提が違ったが、資本主義国で、マネーが制する社会でそれをやる以上、その葛藤と衝突は避けられない。

なんてめんどくさい道を選んだものかと途方にくれるが、逆を返すと、これほどやりがいのある仕事はない。取組む価値がある、立ち向かうべき課題、人生の主題だ。エベレストを縦に3個つなげた山に登るようなものだ。大気圏を突き抜ける偉業に挑戦するのだ。

そう、これはまぎれもなく「挑戦」だ。自分からの挑戦でもあるし、演劇芸術から突きつけられた挑戦でもある。僕は問われているのだ。「おまえはこの状況で、どう存在し、どう行動する?」と絶えず問われている。

ここにおいては、物事の見方が世界の鍵となる。「難しい、むりだ」と見るとゲームオーバー、あきらめたら試合終了ですよ、だ。「難しい、最高だ」と見るとき、それは遥かなる雲上の山頂を見やる登山家の魂となる。命を懸けて取り組むのだ。死を覚悟して歩みを進めるのだ。

酸素ボンベなしで8000m級の山を全て制覇した登山家が言っていた。8000mを超えた山を登るとき、8000を超えると、神の領域に入るという。その領域においては、「失敗したらどうしよう」とか「家に残してきた家族は自分が死んだらどうするだろう」とか不安や心配を一瞬でもすると、それが心拍数や血流に悪影響を及ぼし、酸素が足りなくなり、即、死につながるという。おそらく、僕が登ろうとしている山は、そういう山だ。

 

話がずれたが、「お金」そして「組織」だ。

これは、なぜブッダが世界に何千何万の寺院を建立できたか、という話につながると思う。ブッダは経済に精通していたわけでも、金儲けの才能があったわけでも、組織マネジメントのプロであったわけでもない。しかし、何百何千年の時を経て今、日本やアジアの各国でこれだけの影響力をもっている。

演劇における、劇場やその演劇術/演劇法も同じ事が言えるのではないか。100年以上前にその礎を創ってくださったスタニスラフスキー。その志を脈々と継ぐ、アニシモフさんを始めとする偉大な芸術家たち。その魂は紛れもなく、僕たちにも浮け継がれている。吉田松陰の死後に高杉晋作伊藤博文が命を賭して革命を成したように。

この視点に存在しているかぎり、「お金」や「組織」の問題は、楽勝だと思う。はっきり言って、課題としては大したことない話だ、本当に素晴らしい役や演劇作品を創ることに比べれば。だからこそ、しっかりやり遂げなきゃと思う。大義から目をそらさない限り、自分の名誉や欲望に溺れない限り、無限の存在が絶えず力を貸してくれるだろう。

そのためには、「無」になることだ。直感だが、キーはそこにあると思う。